ザンビア共和国
Republic of Zambia



出展 [外務省] [各国・地域情勢] 2002.11.1現在
一般事情
1.面積 752.61千km2(日本の約2倍)
2.人口 1,010万人(2000年:世銀)、人口増加率2.1%(99〜2000年:世銀)
3.首都 ルサカ(人口145万人)(1998年推定)海抜1,227m
4.人種 73部族(トンガ系、ニャンジァ系、ベンバ系、ルンダ系)
5.言語 英語(公用語)、ベンバ語、ニャンジァ語、トンガ語
6.宗教 多くはキリスト教、その他伝統宗教
7.国祭日 10月24日(独立記念日)
8.略史
1964年 独立(旧宗主国英国)
1973年 第二共和制(一党制)
1990年 第三共和制(複数政党制移行)
1991年 チルバMMD党首大統領就任
1996年 チルバ大統領再選
2002年 ムワナワサ大統領就任
政治体制・内政
1.政体 共和制
2.元首 レヴィー・ムワナワサ大統領(Levy Mwanawasa)
2002年1月2日就任、任期5年
3.議会 一院制の国民議会(任期5年)
4.政府 (1)副大統領名 イノク・カヴィンデレ(Enock Kavindele)
2002年1月7日再任
(2)外 相 名 カロンボ・ムワンザ(Kalombo Mwansa)
2002年7月19日就任
5.内政 (1)91年10月、一党制を維持してきたカウンダ前大統領は、複数政党制による選挙を実施し、チルバ大統領が圧勝した。カウンダ前大統領からの政権交代がスムースに行われ、アフリカにおける民主化のモデルとして高く評価された。
(2)94年10月、「独立の父」として根強い人気のあったカウンダ前大統領が政界復帰を宣言したため、チルバ大統領は、憲法を改正しカウンダ前大統領の立候補を阻止、96年11月再選を果たした。このため、チルバ政権の強硬姿勢に反発する野党や多くの援助国との間で緊張状態が続いた。
(3)97年10月、兵士によるクーデター未遂事件が発生し、カウンダ前大統領が一時身柄を拘束された。周辺国やドナー国からの反発もあり、その後カウンダ前大統領は釈放された。
(4)2000年5月、政界に残っていたカウンダ前大統領も政治活動から引退を表明し、新党首(野党)には元中央銀行総裁のンコマが選出された。
(5)チルバ大統領は2001年5月に開催されたMMD(与党)党大会において党首として三選された後、11月に予定されている大統領には出馬しないと表明し、与党MMDは8月にムワナワサ元副大統領を大統領候補に指名。
(6)2001年12月27日の大統領選挙の結果、ムワナワサが当選、2002年1月2日大統領に就任した。
(7)2002年7月、ムワナワサ大統領は特別国会において、チルバ前大統領及びその側近(カルンバ外相等)の不正・汚職疑惑を糾弾。国会はチルバ前大統領の不逮捕特権剥奪を可決。
(8)2002年9月、最高裁で昨年12月の大統領選挙無効請求に対する公判が開始された。 
外交・国防
1.外交 (1)南部アフリカ開発共同体(SADC)、東・南部及び南部アフリカ共同市場(COMESA)、アフリカ連合(AU)、英連邦などのメンバー。
(2)93年、イラン、イラクに対し、内政干渉疑惑事件を理由に外交関係を中断。イランについては、2001年7月に外交関係を再開した。
2.軍事力(2000年) (1)予算 65百万米ドル
(2)兵役 志願制
(3)兵力 総兵力 21,600人(陸軍20,000人、空軍1,600人)
経済(単位 米ドル)
1.主要産業 (農)とうもろこし、たばこ、落花生、綿花
(鉱)銅、コバルト、亜鉛、鉛、石炭
(工)食品加工、繊維、建築資料、肥料
2.GNP(実質) 3,000百万(2000年:世銀)
3.一人当たりGNP 300(2000年:世銀)
4.経済成長率 2.0%(1999年:ザンビア政府統計)
5.物価上昇率 20.6%(1999年:ザンビア政府統計)
6.失業率 不明 雇用は就労人口の30%をカバーしているにすぎないと言われている。(IMF資料)
7.総貿易額(1999年) (1)輸出 753百万
(2)輸入 939百万
8.主要貿易品目(1999年) (1)輸出 銅、コバルト
(2)輸入 石油、肥料、電力等
9.主要貿易相手国(1999年、EIU推定) (1)輸出 サウディ・アラビア(12.5%)、日本(10.2%)、英(7.7%)、タイ(6.7%)
(2)輸入 南ア(55.5%)、ジンバブエ(8.8%)、英(5.9%)、日本(2.7%)
10.通貨 クワチャ
11.為替レート 1ドル=4,410ZK(2002年6月26日現在)
12.経済概況 (1)輸出収入の6割を銅・コバルトに依存する典型的なモノカルチャー経済である。ザンビア政府は、農業の振興、産業の多角化等に取り組み、近年、非伝統的輸出品に大きな伸びが見られる。
(2)チルバ政権は、構造調整計画に積極的に取り組み、経済自由化の促進、公務員の削減、徴税の強化、民営化等の諸策を実施したため、一時的にマクロ経済指標に改善は見られたが、その後、度重なる早魁、銅生産の縮小等により経済は低迷している。
(3)長年の懸案であったザンビア銅公社(ZCCM)の民営化については、2000年3月、ザンビア政府とアングロ・アメリカ社等外国資本との間で各々の対象鉱山に関する売買契約書の署名が行われ完了した。しかし2002年1月、アングロ・アメリカン社は国際銅価格の低迷による銅産業の不振から、コンコラ鉱山の経営から撤退したため、ザンビアの銅産業は厳しい状況に置かれている。
経済協力
1.我が国の援助実績
(2000年度まで累計)(単位 億円)
(1)有償資金協力 965.43(2000年実績なし)
(2)無償資金協力 814.11(2000年 38.69)
(3)技術協力実績 328.16(2000年 15.01)
2.主要援助国(1999年、単位:百万米ドル) (1)独(64.7) (2)英(63.6) (3)日(59.4) (4)ノールウェー(27.4) (5)米(26.6)
二国間関係
1.政治関係 1964年10月24日 ザンビアを独立と同時に承認
1970年1月    駐ザンビア日本大使館を開設
1975年8月    駐日ザンビア大使館開館
2.経済関係 (1)我が国の対ザンビア貿易
   (イ)貿易額(2000年:H.12通商白書)
      輸出 18億円
      輸入 101億円
   (ロ)主要品目
       輸出   自動車・貨物自動車・バイク等(71.9%)、無線用通信機器(4,6%)
       輸入   銅地金(58.1%)、コバルト(37.9%)、ニッケル(3.9%)、たばこ(0.5%)
(2)我が国からの直接投資
   18件 37,769百万円 (2000年度までの累計)
3.文化関係 (1)文化無償協力 理科学教育材、LLシステム機材及び地質調査機材を供与(計1.15億円)
(2)首都ルサカでは毎年大使杯柔道大会が開催されている。
4.在留邦人数 218人(2001年10月1日現在)
5.在日当該国人数 約72人(2001年12月)
6.要人往来
(1)往(1983年以降)
1983年3月 皇太子・同妃両殿下
1984年11月 安倍外務大臣
1988年6月 細田衆議院議員(日本・ザンビア議連会長)
1991年7月 鈴木外務政務次官
1999年12月 高円宮・同妃両殿下
2001年7月 杉浦外務副大臣
2001年8月 渡部衆議院副議長
2001年9月 矢野哲朗衆議院議員
(2)来(1980年以降)
1980年9月 カウンダ大統領夫妻(国賓)
1985年11月 ズル党書記長
1987年9月 ムソコトワネ首相
1988年1月 シャピ国防治安長官
1988年3月 ムワナンシク外相
1989年2月 カウンダ大統領(大喪の礼参列)
1990年5月 チョンゴ商工相
1990年6月 ムカンド農業相(花博)
1990年11月 カウンダ大統領(即位の礼)
1992年10月 ペンザ商工相(投資ミッション)
1992年12月 カソンデ蔵相
1993年4月 ムワンガ外相
1993年10月 ペンザ蔵相(アフリカ開発会議)
1995年9月 テンボ外相(故福田元総理葬儀参列)
1998年10月 ナワクイ蔵相(第2回アフリカ開発会議)
2000年5月 カルンバ蔵相(WHO「都市と健康」神戸会議)
2000年6月 ワルビタ外相(故小渕前総理葬儀参列)
2000年12月 チルバ大統領(非公式訪問、感染症対策沖縄国際会議にて基調演説)
7.二国間条約・取極 1965年8月  貿易協定発効
1968年   青年海外協力隊取極
1971年1月  租税条約発効
8.外交使節 (1)ザンビア共和国駐箚日本国大使
   石弘之特命全権大使(2002年11月より)
(2)本邦駐箚ザンビア共和国大使
   ゴッドフリー・シマシク・シマシク特命全権大使(2002年9月より)