スーダン共和国
(The Republic of the Sudan)

出典:外務省 各国・地域情勢(2011年8月現在)

一般事情

1.面積

186万平方キロメートル(日本の約5倍)

2.人口

3,089万人(2008年)(第5回人口調査)

3.首都

ハルツーム

4.人種・民族

主としてアラブ人、ヌビア人、ヌバ人、フール人、ベジャ人等。

5.言語

アラビア語(公用語)、英語(公用語)

6.宗教

イスラム教、キリスト教、土着宗教

7.略史

年月 略史
1956年1月 スーダン共和国独立
1958年11月 アブード軍事政権成立(1964年10月崩壊)
1965年4月 ウンマ党・国民統一党連立内閣成立
1969年5月 ニメイリ軍事政権成立、スーダン民主共和国に改称
1972年3月 アディスアベバ合意署名。第一次内戦(1955年開始)終結
1983年5月 ジョン・ギャラン率いるSPLAがスーダン国軍を攻撃。第二次内戦勃発
1985年4月 ダハブ軍事政権成立
1985年12月 スーダン共和国に改称
1986年4月 総選挙
1986年5月 民政移管によりマハディ政権発足
1989年6月 軍事クーデタによりバシール軍事政権成立
1996年3月 総選挙実施、バシール大統領当選
2000年12月 総選挙実施、バシール大統領再選
2004年7月 アフリカ連合(AU)は停戦監視等のための部隊(AMIS)派遣決定
2005年1月 南北包括和平合意(CPA)署名
2005年4月 国連安保理が国連スーダン・ミッション(UNMIS)を設立する決議1590号を採択
2005年7月 南北両勢力による国民統一政府成立
2006年5月 ダルフール和平合意(DPA)署名
2006年8月 国連安保理でダルフールへの国連PKO(UNMIS)の展開拡大を規定する決議1706を採択するもスーダン政府は決議を拒否
2006年10月 東部スーダン和平合意(ESPA)署名
2007年7月 国連安保理で「ダルフールAU・国連合同ミッション(UNAMID)」展開を規定する決議1769採択
2008年1月 UNAMIDがAMISより指揮権を引継ぎ、展開開始
2009年2月 スーダン政府がドーハ(カタール)においてダルフール反政府勢力「正義と平等運動(JEM)」との間で「ダルフール問題解決に向けた善意及び信頼醸成に関する合意」に署名
2010年2月 スーダン政府がドーハ(カタール)においてJEMとの間で即時停戦を含む「ダルフール問題解決のための枠組み合意」に署名
2010年4月 総選挙実施、バシール大統領再選、サルヴァ・キール南部政府大統領当選
2011年1月 南部スーダン住民投票実施。南部スーダンの独立が決定。
2011年7月 国連安保理でアビエ暫定治安部隊(UNISFA)を設立する決議第1990号、及び国連南スーダンミッション(UNMISS)を設立する決議第1996号採択。
南スーダン共和国が分離独立。

政治体制・内政

1.政体

共和制

2.元首

オマル・ハサン・アフマド・アル・バシール大統領

3.議会

国民議会

4.政府

(1)大統領名 オマル・ハサン・アフマド・アル・バシール大統領

(2)外相名 アリー・アフマド・ケルティ外務大臣

5.内政

(1)1986年4月の総選挙の結果、5月ウンマ党党首マハディが首相就任、文民内閣が発足

(2)1989年6月、軍部の無血クーデターによりバシール政権発足

(3)2000年12月、大統領選挙にて、現職のバシール大統領が86%以上の得票を得て選出(但し主要野党勢は本選挙をボイコット)。

(4)2005年1月、南北間の包括和平合意(CPA)が成立

(5)2005年7月、CPAに基づく統一政権成立。9月内閣発表

(6)2006年5月、ダルフール和平合意(DPA)署名

(7)2006年10月、東部スーダン和平合意(ESPA)署名

(8)2009年2月、スーダン政府とダルフール反政府勢力「正義と平等運動(JEM)」との間で「ダルフール問題解決に向けた善意及び信頼醸成に関する合意」に署名

(9)2009年3月、ICCがバシール大統領に対する逮捕状を発付

(10)2009年7月、常設仲裁裁判所(PCA)がアビエ境界線問題の判決を発表、南北双方が受け入れ。

(11)2009年12月、南部住民投票法案やアビエ住民投票法案等が成立

(12)2010年2月、スーダン政府とJEMとの間で即時停戦を含む「ダルフール問題解決のための枠組み合意」に署名

(13)2010年4月、総選挙を実施。バシール大統領、サルヴァ・キール南部大統領が当選。

(14)2011年1月、南部スーダン住民投票を実施(分離独立支持が98.83%)。

(15)2011年7月、CPA履行期限が到来。南スーダン共和国が独立。

外交・国防

1.外交基本方針

 アラブ・アフリカ諸国との友好的外交関係の維持を外交の基盤とし、非同盟・内政不干渉、アラブ・イスラム諸国との連帯、善隣、相互協力が主要原則。

2.軍事力(ミリタリーバランス 2008年版による)

(1)国防費 5.24億ドル(2006年)

(2)兵役 徴兵制(18歳〜30歳 2年間)

(3)兵力 約109,300名(陸軍105,000名、海軍1,300名、空軍3,000名)(予備役を除く)

(4)他に、志願制からなる人民防衛隊(約17,500名)

経済(単位 米ドル)

(EIU、世界銀行、国連、スーダン中央銀行のデータによる)

1.主要産業

原油、農業、林業、畜産業、漁業

2.GDP(EIU)

654億ドル(2010年)

3.一人当たりGNI(世銀)

1,220ドル(2009年)

4.経済成長率(EIU)

5.2%(2010年)

5.物価上昇率(EIU)

15.4%(2010年)

6.失業率(労働省)

17.3%(2006年)

7.総貿易額(EIU)

(1)輸出:102.9億ドル(2010年)

(2)輸入:91.7億ドル(2010年)

8.貿易品目(スーダン中央銀行)

(1)輸出 原油・石油製品、家畜・肉、胡麻、金、綿花(2009年)

(2)輸入 機械・設備、工業製品、輸送機材、小麦・小麦粉、化学製品(2009年)

9.貿易相手国(スーダン中央銀行)

(1)輸出 中国、UAE、日本、サウジアラビア、インド(2009年)

(2)輸入 中国、インド、ルーマニア、サウジアラビア、UAE(2009年)

10.通貨

スーダン・ポンド(SDG)

11.為替レート

変動相場制:1$=約2.67スーダン・ポンド(2011年7月)

12.経済概況

 中東向けの食料供給元として農業分野に潜在性を有しているとみられてきたが、南北内戦・自然災害等による国内避難民(約400万人)等を抱える等、低開発に苦しんでいることに加え、巨額の対外債務(357億ドル以上)を抱えている。1999年8月より石油輸出が開始されて以後、主要経済指標は改善傾向にあり、2005年以降は年率約10%近い経済成長を記録したが、都市部と地方部の格差が拡大していることに加え、国家予算の6割以上を占めている石油収入に過度に依存した経済構造からの脱却が課題。これまでスーダンの石油の8割は南部スーダンで生産されていたため、今後、石油収入の減収が見込まれており。一層の歳出削減及び農業活性化等の収入の多角化に取り組む必要がある。

経済協力

1.主要援助国(2008年)

米、英、オランダ、ノルウェー、日本

2.日本の援助(2009年度までの実績)

(1)有償資金協力 105億円(交換公文ベース)

(2)無償資金協力 1,077.84億円(交換公文ベース)

(3)技術協力実績 99.64億円(JICAベース)

(4)1980年代後半から1990年初頭にかけて国内に著しい人権侵害状況が見られたため、ODA大綱の原則に照らして、1992年10月以降、緊急かつ人道的性格のものを除き、原則として同国に対する援助を停止した経緯がある。それ以降、日本は国際機関を通じた緊急・人道援助を実施してきたが、それに加え、1999年より草の根・人間の安全保障無償資金協力を同国に導入し、保健医療、難民支援等の活動を行うNGOを通じた支援を行ってきた。
 CPA締結後は、国際機関経由の支援に加え、二国間支援も拡大している。また、2005年4月にオスロで開催されたスーダン支援国会合では、スーダンにおける平和の定着のために当面1億ドルの支援実施を表明し、2008年2月までに、支援実施表明額を超える約2億3千万ドルの支援を実施した。更に2008年5月の第3回スーダン・コンソーシアム会合において、2億ドルの追加支援を表明。2005年以降現在までに、約5億5千万ドル以上の支援を実施。
 特に2009年1月南北18万人の元兵士のDDR(武装解除、動員解除、社会復帰)支援として1,600万ドル(約15.75億円)の支援を決定し、同10月には、2010年4月の総選挙実施支援のため、アフリカの選挙としては過去最大規模となる約1000万ドル(約10.3億円)の支援を決定。2011年1月に予定されたスーダン南部住民投票に対し、約817万ドル(約7.68億円)の支援を実施する等CPAの履行支援を積極的に行ってきている。

3.各種取極

青年海外協力隊の派遣
 1990年12月派遣
 1993年1月引上げ
 2009年3月派遣再開

二国間関係

1.政治関係

(1)日本のスーダン承認:1956年1月6日

(2)公館設置

日本側公館
公使館設置(在エジプト大使兼任) 1957年2月
大使館昇格 1961年4月
先方公館
大使館設置 1961年9月
大使館閉館 1970年2月
大使館再開 1973年8月

(3)1996年6月国連安保理決議1054及び1070に基づき対スーダン制裁実施。

(4)2001年9月、国連安保理決議1054及び1070に基づく対スーダン制裁解除。

(5)2006年6月30日、国連安保理決議1591及び1672に基づき、ダルフール和平阻害者等に対する制裁実施(継続中)。

2.経済関係

(1)対日貿易

(イ)品目
輸出 原油・石油製品、アラビア・ゴム、胡麻、綿花(2010年)
輸入 輸送機材、機械・設備、工業製品(2010年)
(ロ)貿易額
輸出 1,068億円(2010年)
輸入 81億円(2010年)

(2)進出企業:なし

3.文化関係

(1)国際交流

外交官日本語研修2名招聘(現在までの実積)。

(2)留学生交流(2008年度)

5名の国費留学生を受入。

(3)学術交流(実績ベース)

京都大学とハルツーム大学
神戸大学農学部とゲジラ大学農業科学部
鳥取大学とスーダン農業研究機構(スーダン科学技術省傘下の組織)

4.在留邦人数

147名(2010年12月現在)

5.在留当該国人数

212名(2009年12月現在)

6.要人往来(肩書きはいずれも当時のもの)

(1)往

年月 要人名
2005年5月 岡田民主党代表一行
2005年11月 日AU友好議員連盟北部代表団(団長 尾身衆議院議員)
2006年2月 塩崎外務副大臣
2007年1月 田中財務副大臣
2008年1月 矢野参議院議員(総理特使)
2008年5月 小野寺外務副大臣、中山外務大臣政務官、佐藤アフリカ紛争・難民問題担当大使
2008年7月 参議院重要事項調査議員団(団長 矢野参議院議員)
2008年8月 三原自由民主党国際局長一行中東・アフリカ諸国訪問団
2010年7月 西村外務大臣政務官
2010年9月 衆議院海賊対処及び国際平和協力活動等調査議員団一行(団長 石田衆議院議員)
2011年7月 菊田外務大臣政務官

(2)来

年月 要人名
2005年3月 国民統一移行チーム(JNTT)
2005年12月 フィデイル国際協力大臣
2006年8月 ターハ科学技術大臣(科学技術フォーラム)
2006年11月 アコル外務大臣(高級実務者招聘)
2006年12月 アガル投資大臣(JETRO投資セミナー)
2007年10月 ショーカイ保健大臣(民間招聘) 、ターハ内務大臣(科学技術フォーラム)、ベンジャミン南部スーダン政府地域協力大臣(オピニオンリーダー招待)
2008年3月 ナーフィア大統領補佐官(外務省賓客招聘)
2008年5月 バシール大統領(TICADIV)
2008年10月 ターハ農林大臣、オマル科学技術大臣(STSフォーラム)
2009年1月 ケルティ外務担当国務大臣(オピニオンリーダー招待)
2009年3月 ルカ・ビオン南部スーダン政府大統領府担当国務大臣(TICADWフォローアップ・シンポジウム)
2009年3月 アル・ジャーズ・スーダン大統領特使(財務・国家経済担当大臣)
2009年10月 シッディーク外務次官(日・スーダン政策対話)
2009年10月 パガン・アマムSPLM幹事長(21世紀パートナーシップ促進招聘)
2009年11月 アブダッラー国家選挙委員会(NEC)副委員長(オピニオンリーダー招聘)
2009年12月 ティジャーニ国際協力大臣 (日本・アラブ経済フォーラム)、アドック高等教育・科学研究大臣(同)、ベンジャミン南部スーダン政府商業・貿易・供給大臣(同)
2010年12月 シッディーク人道問題担当国務大臣(平和構築シンポジウム)

7.二国間条約・取極

1988年11月1日 青年海外協力隊派遣取極