トルクメニスタン
(Turkmenistan)

出典:外務省 各国・地域情勢(2011年6月現在)

一般事情

1.面積

48万8,000平方キロメートル(日本の1.3倍)

2.人口

520万人(2010年:国連人口基金)

3.首都

アシガバット(Ashgabat)

4.民族

トルクメン系(81%)、ウズベク系(9%)、ロシア系(3.5%)、カザフ系(1.9%)、その他アゼルバイジャン系、タタール系など

5.言語

公用語はトルクメン語(テュルク諸語に属し、トルコ(共和国)語やアゼルバイジャン語に近い)。ロシア語も広く流用。

6.宗教

主としてイスラム教スンニ派

7.略史

年月 略史
8〜10世紀頃 トルクメン民族の起源とされるオグズ族が、アラル海付近のステップ地帯を中心に中央アジア地域に展開
10世紀 イスラム教に改宗したオグズ族の他称としてトルクマーンが使用されるようになった
11〜12世紀頃 テュルク系セルジューク朝の下、各地で軍事的な主力として活躍
14〜16世紀 現在のトルクメン諸部族の形成が進む
16〜19世紀 ヒヴァ・ハン国やブハラ・アミール国の下、現在のトルクメニスタン領オアシス地域に徐々に定着。半農半牧の生活に移行
1869年 帝政ロシアがカスピ海東岸に侵攻し、クラスノヴォツク(現トルクメンバシ)の礎を築く
1881年 ギョクデペの戦い(帝政ロシア軍の侵攻に対する熾烈な抗戦)
1885年 帝政ロシアがトルクメン諸部族のほとんどを支配下に
1924年 ソ連の民族共和国境界画定によりトルクメン・ソヴィエト社会主義共和国が成立
1990年8月22日 共和国主権宣言
1990年10月27日 ニヤゾフ大統領就任
1991年10月27日 共和国独立宣言
1992年5月16日 共和国憲法採択
1995年12月 国連総会において「永世中立国」として承認される
1999年12月28日 議会の全会一致によりニヤゾフ大統領が終身大統領に
2006年12月21日 ニヤゾフ大統領死去
2007年2月14日 ベルディムハメドフ現大統領就任

政治体制・内政

1.政体

共和制

2.元首

グルバングルィ・ベルディムハメドフ大統領(2007年2月就任)

3.議会

一院制(「メジリス」:任期5年、定数125)

4.政府

(1)首相 (制度上存在しない)

(2)外相 ラシッド・メレドフ(副首相兼任)

5.内政

独立前の1990年10月から大統領職にあったニヤゾフ大統領は、反対派勢力を排除して強力かつ個人崇拝的な独裁体制を確立し、非民主的体制や、人権問題に関する国際社会からの批判を受けた。

ニヤゾフは2006年12月に死去。2007年2月11日に実施された大統領選挙で、ベルディムハメドフ大統領代行(前副首相兼医療産業相)が89.23%の得票率により当選し、同14日、大統領に就任した。

2008年9月に行われた憲法改正では、大統領から任命される議員から構成されていた最高意思決定機関「人民評議会(ハルク・マスラハティ)」が 廃止され、選挙を通じて選出される議員から成る「議会(メジリス)」の権限が拡大された。同年12月には、同国で初めてOSCEを含む国際監視団の活動をともなう形で議会選挙が実施された。

新政権の下で、教育分野の重視、衛星放送やインターネットの普及等の新しい政策が取られている。一部政治犯の恩赦も行われた。

外交・国防

1.外交基本方針

独立以降一貫して自ら「積極的中立」と呼ぶ独立の外交方針を標榜し、国連以外の多国間機構には、中央アジア地域内の諸機構も含めて参加していない。1992年5月には、CISの集団安全保障条約への署名を拒否。2005 年のCIS首脳会合でCIS正加盟国から、「準加盟国」となった。なお、1995 年12月の国連総会では、同国の「永世中立国」としての地位が認められている。

但し、ベルディムハメドフ大統領は、2007年8月の上海協力機構首脳会合に「ゲスト」として参加し、同年9月の国連総会で1995年以来となる同国大統領としての演説を行うなど国際社会との関係強化の動きを示しつつある。2007年12月には、首都アシガバットに国連中央アジア予防外交セン ター(UNRCCA)が開所された。ベルディムハメドフ大統領は、外遊にも比較的前向きであり、2008年4月にはトルクメニスタン元首として初めてNATOサミット(ブカレスト)に参加した。2009年12月にはトルクメニスタン元首として初めて日本を訪問した。

最重要の資源である天然ガスについては、従来より結びつきの強いロシアとの関係を重視しつつも、輸送ルートの多角化を目指している。(中国とはパイプラインを完成させている。)

2.軍事力

総兵力22,000人(陸軍18,500人、海軍500人、空軍3,000人)

(ミリタリー・バランス2010)

経済

1.主要産業

鉱業(天然ガス・石油など)、農業(綿花)、牧畜

2.GDP

166億ドル(2010年:政府発表)

3.一人当たりGDP

3,451.5ドル(2009年:IMF推定値)

4.経済(実質GDP)成長率

9.2%(2010年:IMF推定値)

5.物価上昇率

4.5%(2010年:IMF)

6.失業率

60%(2009年:CIA)

7.貿易額

(1)輸出 60億ドル

(2)輸入 68億ドル

(2009年:WTO)

8.主要貿易品目

(1)輸出 天然ガス、石油、石油製品、織物、綿繊維

(2)輸入 生産技術プラント、電気機器、機械装置、原料・資材、消費財(非食料品)、輸送機器

(国家統計委員会)

9.主要貿易相手国

(1)輸出 ウクライナ、イラン、トルコ

(2)輸入 UAE、ロシア、トルコ、中国、ウクライナ、イラン、ドイツ、米国

10.通貨

マナト(Manat:1993年11月1日導入)(CIS統計委員会)

11.為替レート

1ドル=2.80マナト(2011年6月現在:トルクメニスタン国立銀行)

12.経済概況

トルクメニスタンは、豊富な天然ガスを有し(BP統計によると2008年の天然ガス埋蔵量は7.94兆立方メートルで、世界の4.3%)、その輸出と綿花生産を基盤に高い経済成長率を維持している。

また、天然ガスの搬出ルートの多様化を図る中で、イラン、トルコ、アフガニスタン、インド、パキスタン、中国との関係を進めている。

農業部門は、隣国ウズベキスタンやタジキスタンと同様に、大規模な灌漑による綿花生産が中心となっている。

経済協力

1.日本の援助実績

(1)有償資金協力 45.05億円(2009年度までの累計)

(2)無償資金協力 6.20億円(2009年度までの累計/文化・草の根無償等を含む)

(3)技術協力実績 7.26億円(2009年度までの累計)

(4)現在はJICA研修員受け入れのみ実施。

2.主要援助国

米国、フランス、ドイツ、日本、ノルウェー

DAC諸国のODA実績(過去5年)(支出純額ベース、単位:百万ドル)
暦年 1位 2位 3位 4位 5位 合計
2005 米 9.6 独 1.2 仏 0.7 日本 0.1 フィンランド 0.1 11.7
2006 米 3.1 仏 0.8 独 0.8 日本 0.6 ノルウェー 0.03 5.3
2007 独 0.8 仏 0.4 加 0.3 英 0.2 米 0.1 1.4
2008 独 1.8 ノルウェー 0.6 スイス 0.5 英 0.4 仏 0.3 -1.16
2009 米 10.8 独 1.9 ノルウェー 0.62 オーストリア 0.4 英 0.3 13.4

(出典:DAC/International Development Statistics )

二国間関係

1.政治関係

(1)国家承認日  1991年12月28日

(2)外交関係開設日  1992年4月22日

(3)日本大使館開館  2005年1月1日
 在日トルクメニスタン大使館は未開設

2.経済関係

日本の対トルクメニスタン貿易(2010年:財務省貿易統計)

輸出 21.8億円(建設用・鉱山用機械・鋼管)
輸入 0.18億円(美術品・収集品及び骨董)

3.文化関係

文化無償資金協力 2件
2002年度 トルクメニスタン・オリンピック委員会へのスポーツ器材(45.2百万円)
2004年度 トルクメニスタン国立図書館への視聴覚器材(20.4百万円)

4.在留邦人数

17人(2011年6月現在)

5.在日当該国人数

27人(2011年6月現在:法務省)

6.要人往来

(1)往(1997年以降)

年月 要人名
1997年7月 対ロシア・中央アジア対話ミッション(団長:小渕恵三衆議院議員)
2002年7月 シルクロード・エネルギー・ミッション(団長:杉浦正健外務副大臣)
2005年1月 逢沢外務副大臣
2010年11月 伴野外務副大臣(第9回日本トルクメニスタン経済合同会議)

(2)来(1992年以降)

年月 要人名
1992年10月 バザロフ副首相(旧ソ連支援東京会議に出席)
1994年10月 クリエフ対外経済関係大臣(第1回日本トルクメニスタン経済合同会議出席)
1996年9月 サパロフ副首相(第3回日本トルクメニスタン経済合同会議)
1999年8月 ハリコフ副首相
2000年3月 グルバンムラドフ副首相
2001年6月 ガンディモフ副首相(中央アジア諸国への投資促進会議に出席)
2003年11月 グルバンムラドフ副首相
2005年12月 アイドグディエフ副首相(第6回日・トルクメニスタン経済合同会議)
2009年12月 ベルディムハメドフ大統領(公式実務)(メレドフ副首相兼外務大臣、ホジャムハメドフ副首相を含む副首相6名、大臣10名同行)

7.二国間条約・取極

1995年1月11日 日ソ間で結んだ条約の承継を確認